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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)9697号 判決 1978年9月14日

原告 三島祥孝

右訴訟代理人弁護士 山本實

被告 東武鉄道株式会社

右代表者代表取締役 根津嘉一郎

右訴訟代理人弁護士 加藤真

主文

一  被告は原告に対し、金四八万八八九六円及びこれに対する昭和五一年一一月一一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金九五万二八三〇円及びこれに対する昭和五一年六月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告の業務内容

被告は旅客運送を業とする株式会社である。

2  事故の発生

原告は昭和五一年六月二六日午前一〇時三〇分ころ、被告の経営する東武東上線(以下東上線という。)池袋駅において、終着駅である同駅六番ホームに午前一〇時三〇分到着の電車から降車しようとしたところ、停車後開扉されていた両側の扉のうち、同駅への進入方向に向って左側の扉が突然閉まって、原告の左側頭部を強打し、そのため原告は入院三五日、通院八五日を要する外傷性頸部症候群の傷害を受けた。

3  責任原因

被告は乗客である原告に対し、安全に運送すべき契約上の義務を負っているところ、本件事故は、(一)、終着駅である池袋駅において乗客が完全に降車したことを確認せず、(二)、放送その他の方法により扉を閉める旨の予告をせず、(三)、乗客が避けるいとまのない速度で扉を閉めたために発生したもので、被告は前記義務に違反したものであり、よって被告は商法五九〇条により原告の蒙った後記損害を賠償すべき義務がある。

4  損害

(一) 入院差額ベッド代及び治療費 金一二万四八三〇円

原告は本件事故による前記傷害の治療のため三五日間入院し、そのため差額ベッド代及び治療費として金一二万四八三〇円を支出した。

(二) 付添費 金 七万円

原告は右入院中付添看護が必要であったところ、右看護費用として一日当り金二〇〇〇円合計金七万円を要した。

(三) 雑費 金 四万三〇〇〇円

原告は右入院期間中は一日当り金五〇〇円、通院期間中は一日当り金三〇〇円の雑費を要した。

(四) 逸失利益 金 八万五〇〇〇円

原告は健康な三六歳の男子で訴外内外法律特許事務所に勤務していたが、本件事故のため五五日間にわたって残業が出来ず、そのため金八万五〇〇〇円の収入を得ることができなかった。

(五) 慰藉料 金 五四万円

原告は本件事故により前記の傷害を負ったが、その精神的苦痛を慰藉するには金五四万円が相当である。

(六) 弁護士費用 金 九万円

原告は本件訴訟の提起、追行を原告訴訟代理人に依頼し、その報酬を支払うことを約したが、本訴においてはその一部の金九万円を請求する。

5  結論

よって、原告は被告に対し被告の運送契約の債務不履行による損害賠償として金九五万二八三〇円及びこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五一年六月二七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、被告が東上線を経営していること、原告が乗車したと主張する池袋駅午前一〇時三〇分着の電車が同駅六番ホームに到着することは認めるが、その余は争う。

3  同3の事実中、被告が一般的に乗客に対し、安全に運送すべき契約上の義務を負っていること及び扉を閉める際に扉を閉める旨の放送をしなかったことは認めるがその余は否認する。

仮に、原告主張のような事故があったとしても、原告が降車しようとした扉がいつまでも開いているわけではなく、前記のように、しばらくして閉じられること、及び右扉が閉じられたとしても反対側の扉は開けられており、同扉から降車できることは旅客自身十分知悉しているのに、原告は開いている扉が閉められる可能性すら考えずに降車しようとしたのであって、本件事故の発生については原告にも責に帰すべき事由がある。

4  同4の事実は不知。

第三証拠《省略》

理由

一  被告が旅客運送を業とする株式会社であり、東上線を経営していることは当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》を総合すると、原告は昭和五一年六月二六日午前一〇時三〇分ころ、東上線池袋駅午前一〇時三〇分到着の四三〇電車が同駅に到着後、同駅進入方向左側扉から降車しようとしたところ、停車後開扉されていた扉が突然閉まって、原告の左側頭部を強打し、そのために原告は外傷性頸部症候群の傷害を負ったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

三  そこで、被告の責任について判断する。

1  《証拠省略》を総合すると、原告は本件事故当日、図書館へ行くため東上線下赤塚駅から前記池袋駅午前一〇時三〇分到着の六両編成の四三〇電車に乗車したこと、原告の乗車した右電車は池袋駅六、七番ホームに到着する片開き扉の電車であること(右電車が池袋駅六番ホームに到着する電車であることは当事者間に争いがない。)、池袋駅は東上線の終着駅で、同駅の六、七番ホーム、八、九番ホームに到着する電車は、その両側にホームがあり、六、七番ホームに到着した電車は、到着した電車の最後部に乗務してきた車掌(以下到着車掌という。)が車掌室内のスイッチを操作して、まず六番ホーム側(池袋駅への進入方向に向って左側)の扉(以下降車扉という。)を開けて乗客を降し、次いで同電車が折返し運転をするために、到着した電車の最前部(折返して出発する場合の最後部)に乗車した交替の車掌が右同様の方法により七番ホーム側(池袋駅への進入方向へ向って右側)の扉(以下乗車扉という。)を開けて乗客を乗せ(もっとも、八、九番ホームに到着する電車は、池袋駅への進入方向に向って右側が降車扉、左側が乗車扉となる)、到着した乗客の降車が完了すると、到着車掌はホーム上の乗客係の降車完了の合図及び到着車掌自身の降車完了の確認によって降車扉を閉めること、そして、被告において、昭和五二年六月九日及び同月一一日の両日の午前一〇時四分から同一〇時五六分までの間に同駅六、七番ホームに到着する各五本の電車について調査したところ、降車扉が開いた後、乗客の降車が完了するまでの時間は平均一七秒、降車扉を閉めるまでの時間は平均約三〇秒、また到着後乗車扉が開くまでの時間は平均約四・五秒であって、乗客の降車が完了後降車扉が閉まるまでの時間は最も短い場合で八秒であったが、他はすべて一〇秒以上で、最も長い場合は二三秒であったこと、原告は、本件事故当日池袋駅までの間、前から三両目の車両の進行方向左側の座席に座って本を読んでいたが、電車が同駅に到着して停止したため本を閉じてカバンに入れ、網棚に乗せてあった荷物を取って近くの降車扉から降りようとしたところ、放送等の予告もなく、右扉が閉まり(扉を閉めるにあたってその旨を予告する放送をしなかったことは当事者間に争いがない。)、右扉によって左側頭部を強打し、そのために身体が車内側に回転したこと、原告が降車扉から降りようとした際原告と一緒に降車扉から降りようとする客はおらず、当時降車扉側の六番ホーム上には池袋駅の乗客係が二名配置されていて、右乗客係において乗客の降車が完了した旨、到着車掌の訴外福田政男に合図し、同車掌も右合図を確認し、自から同様の確認をしたうえで降車扉を閉めたこと、右福田車掌は池袋駅到着前に車内放送で左側が降車扉である旨乗客に案内したこと、原告以外に事故当日扉にはさまれた旨の苦情等を言って来た者がいなかったこと、右のように本件事故車両には車内放送設備が備えられていたほか、駅ホームにも放送設備が備えられていたことが認められ(る。)《証拠判断省略》

2  被告が旅客運送業者として一般的に乗客に対し安全に運送すべき契約上の義務を負っていることは被告の認めるところであり、原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によれば、前記事故当日原告は図書館に赴くため下赤塚駅から有償乗車したものであることが認められ、そうだとするならば、被告は原告に対し、右安全運送の義務を負っているものといわなければならない。

そこで、前記認定事実にもとづいて考えるに、本件電車のような大量輸送機関においては、多数の乗客が常に予測どおりの行動をとるとはかぎらないから、輸送にあたる被告としてはでき得るかぎり乗客の安全について配慮し、殊に本件池袋駅のような終始発駅において扉を閉める場合には、本件のような事故の発生を防ぐためにも乗客に対し放送その他の方法でその旨を予告すべきであり、まして前記認定のように本件事故車両及び駅ホームにそれぞれ放送設備が備えられていたのであるから容易にその措置をとることができたのにかかわらず、被告においてなんらその措置をとらず、そのため本件事故が発生したものといい得るから、その点において被告に債務不履行があったものといわざるを得ず、そうだとするならば、原告のその余の主張について判断するまでもなく、被告は商法五九〇条により原告の蒙った後記損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

四  そこで原告の損害について判断する。

1  治療費

《証拠省略》を総合すると、原告は本件事故当日は、夕刻帰宅したところ、疲れが出て吐き気がしたため夕食も摂れず、翌日も眩暈がして頭が痛むため自宅近くの安田病院で診察を受けたところ、家で静養するよう指示されたこと、しかし吐き気と眩暈が去らないため、本件事故の三日後である昭和五一年六月二九日に木村病院で診断を受けたところ、頭部外傷(脳浮腫)と診断され、同月三〇日からは同病院に入院し、抗浮腫療法を受け、同年七月五日には軽快して退院したものの、その後も頭重感、頭痛が再び悪化したために、同月一〇日から同年八月七日までの二九日間同病院に入院して加療を受けた外、退院後も同月一八日まで同病院に通院したこと、そして、その治療費(差額ベッド代を含む。)として、同病院に金一二万四一八〇円を支払ったことが認められ、これに反する証拠はない。

2  付添費

原告が本件事故による受傷のため、三五日間木村病院に入院したこと前記認定のとおりであり、《証拠省略》によれば、原告は右入院中付添看護を必要とし、原告の妻が付添ったことが認められ、右付添費用として一日当り金二〇〇〇円の割合による金七万円の損害を蒙ったと推認するのが相当である。

3  入、通院雑費

前記認定の原告の傷害の部位、程度、診療状況等によれば、原告は入院期間中雑費として一日金五〇〇円の割合により金一万七五〇〇円の損害を蒙ったと推認される。

原告は通院期間中も一日金三〇〇円の割合による雑費を要した旨主張するが、本件全証拠によるも原告の実通院日数は明らかでなく、通院中の雑費を認めるべき証拠もない。

4  逸失利益

《証拠省略》によれば、原告は本件事故による前記受傷のため勤務先の朝倉内外法律特許事務所を四一日間欠勤したこと、その間同事務所から本給は全額支給されたものの、従前支給を受けていた残業手当は支給されず、また退院後出社した後も残業が出来なかったため昭和五一年七、八月分は全く残業手当が支給されなかったこと、原告は本件事故前の同年四月から六月までの間に合計金七万九七二二円(一か月平均金二万六五七四円)の残業手当の支給を受けていたことが認められ、右事実によれば、原告が本件事故に遭遇しなければ、同年七、八月の各月と右も一か月平均の残業手当の支給を受け得たものと推認され、原告が本件事故により残業が出来なかったために蒙った損害は金五万三一四八円となる。

5  以上1ないし4の原告の財産的損害は合計金二六万四八二八円となるが、前記認定事実によると、本件事故は原告が他の乗客の降車が完了した後、しばらくして降りようとしたものと認めざるを得ず、そのことも事故の一因となっているうえ、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故当時通勤のため東上線を毎日利用しており、池袋駅での乗客の乗降方法は十分知っていたことが認められ、本件事故の発生につき原告にも過失があったものと認められ、右原告の過失を斟酌すると、被告に賠償を命ずべき金額は右のうちその六割にあたる金一五万八八九六円が相当である。

6  慰藉料

原告の傷害の部位、程度、診療状況は前記認定のとおりであるが、《証拠省略》によれば、原告は木村病院を退院後昭和五一年九月から同五二年三月まで前記傷害のため勤務先近くの中島クリニックに通院して、牽引療法による治療を受けていることが認められ、その他前記のように原告にも過失があったこと等本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、本件事故により原告が受けた精神的苦痛に対する慰藉料は金二五万円が相当であると認める。

7  弁護士費用

弁論の全趣旨によると、原告は本件訴訟の提起、追行を原告訴訟代理人に委任し、相当額の報酬の支払を約していることが認められるが、本件事案の性質、審理の経過、認容額に鑑みると、被告に対し賠償を求め得る弁護士費用の額は金八万円が相当である。

8  遅延損害金

本件損害賠償請求権は被告の運送契約債務不履行に基づくものであるから、履行の催告によって初めて遅滞に陥ると解すべきであり、したがって、特段の主張立証のない本件においては、遅延損害金債務は本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五一年一一月一一日から発生するものというべきである。

五  以上の次第で、原告の本訴請求は金四八万八八九六円及びこれに対する昭和五一年一一月一一日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川昭二郎 裁判官 片桐春一 金子順一)

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